I型糖尿病と私の偏見

   2017/10/23

「私はI型糖尿病です」

なんて言ったって知らない人はなんじゃそりゃ?ってなりますよね

「糖尿病」という単語は知っているけど「I型」がつくといちいち説明しないといけません

私はそれが億劫で、このことを知らない友人に教えるときは「食べる前に注射しなきゃいけない病気なんだ」と簡単に伝えてました

実際昼食時に手元でごそごそしていたら納得してもらえるので、あとは低血糖になったら甘いものを摂取しないといけないということだけ伝えておけば問題なく一緒に活動できました

病気のことを質問されたら詳しく説明するという感じでした

正直「I型糖尿病だ」と言うのがあまり好きではありません

上記のこともあるし、そもそも生活習慣病と一緒にみられてしまいそうだからです

昔、I型糖尿病の生徒が授業中に低血糖になりこっそり甘いものを食べたら教師に「贅沢病のくせに」と言われたことがあるそうで、ちゃんとした説明がその教師に行き届いていなかったのが問題なのですが、「糖尿病」とつくだけでそのような偏見を持つということは少なからず起こり得ることだからです

とあるコミュニティで「I型をもっと広めよう」とか「I型を改名しよう」というものを見かけたことがあります

もちろんメリットも大きいとは思いますが、わざわざ広めなくても身の回りの人たちに教えればほとんどのことは問題なく解決できるし、今さら改名するのもどうなのかなと思います

ただ私が今になって気がついたことは自分の病気についての意識があまりにも低かったということです

小学生で発症しましたので、両親が必死に病気のことを勉強して考えてくれて私に教えてくれるという構図が出来上がってしまったので私は親に任せていれば大丈夫だ、という感じで過ごしておりました

結局は自分の病気なので、いつまでも親には頼るわけにはいかないし、新しい医療の情報も新しい治療の仕方も全部自分で受け入れて考えてコントロールに専念しなきゃいけない、ということに気がつくのに相当な時間を掛けてしまいました

そのような期間を経て病気に対して私はすごく後ろめたさを感じ、新しい場所に行き、新しい出会いを求めるということに非常に抵抗があり、

簡単に言えば自分に自信がなくなるということに繋がってしまいました

現在娘を出産し、若かった頃よりも身体の異状がところどころに増えてきて、「このままではダメだ、せめて娘が一人立ちするまで元気に生きなくては」という気持ちが強くなり、とりあえず健康の要であるこのI型糖尿病をなんとしてでも健常者と同じように過ごせれるように上手に向き合わなければという思いに駆られました

そのためにはやはり私自身がもつI型糖尿病という名前の後ろめたさを克服することと、なんと言ってもこの病気についてもっと私自身が理解し、同じ病気の人たちとたくさんの情報を共有する必要があるのだと思います

今までの私はただなんとなくこの病気を抱えている存在でしたがあまりにも無頓着だったこれまでの自分に活をいれたいです

 

最後にここまで自分語りな文章をお読みいただきありがとうございます

両親には遠く離れた今でも血糖値のことを気にしてくれて、新しい情報を見つけると教えてくれます

感謝してます

 

こちらでは何かしら誰かのお役にたてれるような内容が今後も書けれればなと思います